旅解説 関東・北陸編

1984年8月(北陸地方) 初めての一人旅

能登・加賀ミニ周遊券を手に初めての一人旅で北陸へ。当時、テレビのコマーシャルでグリコポッキーのCMで、松田聖子が歩いていた能登の見附島(軍艦島)が見たくて北陸の旅にする。この頃は、写真に目覚めていなくて、行ったという証拠写真とスナップ写真で満足していたので、あまり写真がありません。取り合えず、風景写真を公開します。
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1984年12月(北陸地方) 冬の北陸一人旅

8月に続き能登・加賀ミニ周遊で冬の北陸へ。福井、金沢、五箇山、白川郷、木曽と旅をする。この旅の五箇山YHで自分の旅の師匠となる人と会う。また、雪のためにバスが運休をして先に進めず、泊まる予定の無かった白川郷に泊まることになり、今では常連となった民宿「大田屋」さんに泊まる。翌日は無事にバスが動き、木曽旅情庵YHへ移動が出来、奈良井宿から薮原宿まで鳥居峠を越えて中山道を歩いて今回の旅は終わる。
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1985年 8月(北陸・信州地方) 一人旅

ルート周遊券で立山アルペンルートへ。杉田YHに宿泊して翌日からの立山アルペンルートに備える。YHのペアレントから、立山ケーブルはすごく混むので朝一番で整理券を取った方が良いよと言われ、同宿のホステラーと翌朝整理券を取りに行く事にする。
 2日目は早朝4時30分に駅前に並び、5時からの整理券発券で1番の整理券をゲット(@)する。5時30分には朝食を食べて出発、6時の一番のケーブルカーに乗りアルペンルートの一日が始まる。
美女平から高原バスで弥陀ヶ原を通り室堂平へ。途中からは、遠くに富山平野(A)や称名滝をバスの中から眺める。室堂平ではしばらく散策をして回り、みくりガ池(B)や地獄谷(鍛冶屋地獄(C)やコンヤ地獄)やエンマ台などを回る。室堂平からは主峰の雄山(D)などがハッキリと見え、残雪で夏スキーを楽しむ人たちを見かける。高山植物(E)も所々に見ることが出来て感動の時間を過ごす。
室堂平からトンネルバスで大観峰へ。展望台から後立山連峰(F)を眺め、立山ロープウエーで黒部平へ降りる。黒部平からは、通ってきた立山連峰(G)を見て、黒部ケーブルカーで黒部湖へと下る。黒部ダムを見学の後、記念撮影(H)をしてダムの観光放水を見る。黒部ダムよりトローリーバスで扇沢へ向かい、バスに乗り継いで国鉄信濃大町駅へ行き、糸魚川方面の電車に乗り、木崎湖駅でこの日一緒に行動したホステラー三人と別れる。立山アルペンルートは、立山口から入って扇沢へ抜ける方がスムーズに行動することが出来るように思える。立山口は、ケーブルカーなので、下るにしても運転間隔は短くなっても路線には一編成の車両しか運行できないが、扇沢のトローリーバスは、、増便が可能で続けてバスは発車できるので人が捌けるのが早いのです。みなさんも立山アルペンルートへ行く際は、立山口から行きましょう。この日は木崎湖YHに泊まり木崎湖での花火大会(I)をみんなで見に行く。
 3日目は、信濃大町まで戻り大町山岳博物館(J)へ行く。その後穂高へ行き安曇野を歩く。穂高駅から碌山美術館(K)、穂高神社(L)、東光寺(M)と歩き穂高駅へ戻る。そしてこの日は木曽旅情庵YHに宿泊する。
 4日目は、朝一番にバス電車を乗り継いで馬籠へ行く。馬籠宿(N)から木曽路を藤村記念館→馬籠高札場跡(O)→馬籠峠(P)→妻籠白木改め番所跡→中山道石畳(Q)→さわらの大木→男滝・女滝→山籠のある民宿(R)→大妻籠宿(S)→妻籠宿(A)→妻籠宿高札場跡(B)→妻籠城跡→大久保の一里塚→ふりそで松→南木曾と歩く。
歩き疲れて南木曾駅の待合室に入っていくと、ベンチに見たことがある女の子が座っていたのです。その女の子を見ていると、向こうも気付いたようで、こちらを見てお互いにどこかであったなぁと思ったようでした。女の子の方が先に思い出したようで、僕の名前を呼んだのです。その時にどこであったかは思い出したのですが名前は思い出せないままでした。しばらく話をしているとふと名前を思い出し、色々な話をする。彼女は84年年末から85年年始にかけて北陸を旅したときに、福井YHと越中五箇山YHで一緒だったホステラーだったのです。話を聞くと宿泊も同じ木曽旅情庵YHだったので、一緒にYHへ向かう。その日の夕食は彼女の同部屋のホステラーたちと食べる。
 5日目は、YH前で記念撮影(C)をしてみんな一緒に木曽福島駅(D)へ向かう。その後数人で奈良井宿(E)へ行き、徳利屋へ行く。しかし時間が早くまだ店が開いていなかったのですが、前回来たときに九州から来ましたと準備中のお店にはいると、中に入れてもらえたので、今回も同じ手を使って入ってみると、今回も入ることが出来て準備中の徳利屋に上がり込みしばらく雑談をする。記念撮影などをして(F)時間を過ごした後それぞれ帰るので、奈良井駅へ戻る。その後、南木曾で再会した女の子と二人で贄川駅と日出塩駅の間にある「是より南 木曽路」の石碑へ行くも帰りの電車の時間が迫っていて、記念撮影をしただけですぐに引き返し、途中走ったりしながら、電車の時間の1分前に贄川駅にたどり着く。ぎりぎり電車に間に合い、名古屋駅まで一緒に帰り、そこで別れて自宅へ帰る。
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1985年12月(北陸地方) 北陸年越し二年目

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1987年12月(北陸地方) 北陸年越し四年目

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1988年12月(北陸地方) 北陸年越し五年目

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1989年12月(北陸地方) 北陸年越し六年目

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